第6回

 宮代栄一 (朝日新聞社 編集委員)

「文化財の居場所 ~ 国境を越えた美術品」

2011年春、世界文化遺産として知られる、南米・ペルーのマチュピチュ遺跡から100年前に米・エール大学に持ち帰られた考古遺物約500点がペルー政府に返還されました。現在では、同国クスコ市の一画に展示され、たくさんの観光客が訪れています。
 一方、イギリスの大英博物館やフランスのルーブル美術館など、欧米の著名な博物館・美術館には「ロゼッタストーン」や「ミロのビーナス」などといった歴史を彩る全世界の様々な出土品や美術品が展示されていますが、これらの多くは、実は、植民地時代にそれらが置かれていた土地から現在の所有国へと持ち出されたものです。このため、それらを持ち出された国々の側からは近年、「もとの土地に戻してほしい」との声が高まっています。
 日本も例外ではありません。一昨年、韓国の要求に応じるかたちで、宮内庁が所蔵していた儀式書「朝鮮王室儀軌」を、韓国政府に「引き渡し」ましたが、同国の民間団体の中には、日本に残る、それ以外の文化財の返還も求める動きが活発化しています。
人類の遺産とも言える、これらの文化財は本来誰のものなのでしょう。どこにあるのが一番いいのでしょうか。
 文化財返還問題などを扱った記事を執筆してきた経験を踏まえながら、この問題を皆さんと一緒に考えてみたいと思います。


 

 

参考文献

・朽木ゆり子『パルテノン・スキャンダル-大英博物館の「略奪美術品」』新潮社、2004年。
・荒井信一『コロニアリズムと文化財-近代日本と朝鮮から考える』岩波書店、2012年。
・林容子「在日朝鮮文化財問題のアートマネージメントの観点よりの考察」『尚美学園大学芸術情報学部紀要』第5集、2004年
・伊藤孝司「韓国・北朝鮮からの文化財返還要求をどのように受け止めるか」『世界』2月号、2008年。
・中内康夫「日韓間の文化財引渡しの経緯と日韓図書協定の成立」『立法と調査』No.319、2011年。

予習資料

あえて言えば、
林容子「在日朝鮮文化財問題のアートマネージメントの観点よりの考察」『尚美学園大学芸術情報学部紀要』第5集、2004年。
になるかと思います。ただしこれも一つの意見に過ぎません。

逆にこれを読んで、皆さんがどう思われるのかをうかがいたいところです。

 

*こちらの資料はリンクがついていますのでこのままページに飛んで閲覧してください。

講義後情報コーナー

履修者レスポンス紹介

◇文学部言語文化学科中国語中国文学専修課程   学部3年

欧米とトルコやエジプトとの文化財を巡るいさかいについて「もともと欧米諸国にあったわけではないから、返還を要求されれば認めるべきだ」と感じた一方で、日本と韓国の問題になると「韓国は求め過ぎである」と何の意識なく逆の立場に立ってしまった。私は特に愛国者というわけではないが、やはり日本人という立場に立たされてこそこうした考えに至ったはずだ。

こう考えるのは私だけではないはずで、ユネスコは「両国が話し合って決める」としているが、感情論やナショナリズムなくして両国が語り合うのは不可能だろう。そのため第3 者を通じた論議の上で、手間がかかっても一つ一つの文化財の背景や適所をしっかりと検討する必要性を身に染みて感じることができた。

 

◇文学部行動文化学科社会心理学専攻 学部3 年

民族の意識やかつての宗主国―植民地といった概念にまで及ぶため、一触即発の事態にもなりかねないし、そうでなくとも国家間の不和を生むことは誰にとっても本来喜ばしいはずがない。この問題は、やはり地域ごとというよりは世界的に取り組むべき問題のひとつであると考えられる。個人個人が自分に例えるとわかるように、自分が当事者になっている問題では、自分側の利益のことばかりを考えるため、短絡的な考えに陥りやすい。国を越えた平等な目線で解決していくことができるなら、と思う。

 

◇文学部行動文化学科社会学専修課程 学部3年

どのような内容の歴史文書が発見されようと、結局それをどのように解釈するか異なり2国の主張は平行線をたどるのみであるにも関わらずどうして過去のことばかり議論の中心になるのだろうか。所有について、積極的に、未来に目を向けた話し合いはできないのだろうか。所有の正当性を主張したいならば、自国にあることによるメリットをはっきりとわかりやすいように示すことが最優先なのではないだろうか。その文化財は最もその価値を発揮できる場所にあるべきだと私は考える。外交上の利用はそろそろお終いにしてもらいたい。人類の遺産を政治の犠牲にはしたくない。

 

◇教育学研究科大学経営・政策コース 修士2年

文化財は本来どこにあるべきか、誰もが納得する案は難しいと思われる。来歴などは、長い歴史の間にはっきりしなくなることも多いと考えられる。エジプトのピラミッドにしても、ほとんどが「盗掘」されたと聞いたことがあるが、それについても正当に掘り起こされた事実が失われただけかも知れない。

班別討議の発表で、価値が認められている所や価値を発揮できる所に置くという意見が出ていたがなるほどと思う。価値が理解できない所においては文化財と言えどゴミになりかねないからだ。人類共有の遺産として国連なりの機関が代表して保有するのも一案だ。基準として、①その文化財の価値をその国において認識できるか②安全な保管に問題はないか③世界に閲覧を開放できるか、を中心に判断し、他国に渡すか自国で保管するか判断するべきなのであろう。