第1回

*第一回は冒頭にガイダンスを行いますので履修希望者は必ず出席してください。

吉澤誠一郎(文学部 中国近代史)

「共生の夢と困難さ」

朝日講座が始まります。まずは肩慣らしをしましょう。

共生というのは、美しい理想です。

古来それを夢見た人は少なくありません。

しかし一方では、そう簡単に実現できないことのようにも思われます。

なぜでしょうか。

実は、それを考えるのがこれからの課題となります。

 

今回は、ある中国の思想家が提起した「共生の夢」を御紹介してみたいと思います。

一見、抱腹絶倒の空想科学物語のようでありながら、たぶん大まじめに「共生の夢」を語った本があります。しかし、それはユートピアなのか、その逆のディストピアなのか。

そこからは「共生の困難さ」について考えるヒントがあるようです。

 

「共に生きるための知恵」は、その困難さの自覚から生まれてくるのだと私は思います。


講義後情報コーナー

受講者のレスポンス抜粋

ディスカッションの題材となった康有為の主張は突飛なもののように感じたが、他の受講生から自分一人では思いつかないような視点を提供してもらい、驚き、なるほどと納得する場面が多くあった。特に、時代背景の違いを指摘する意見を聞き、目から鱗だった。「多様性を…」と口にしていながらやや頭ごなしに康有為の議論を否定的に見ていた自分の想像力のなさに反省した。様々な人、物が有るこの世界において、皆が共に生きていくためには想像力が必要なのだと思う。

 

◇康有為の理想は「同化」や「統一」といったものが重視され、多様性を認めない考え方であると感じた。どれだけ「同化」や「統一」というものがすすんだとしても、必ずどこかに「違い」というものは生まれると私は考える。「違い」というものは対立や矛盾の原因にもなっているかもしれないが、そういったものが無い世界というのはひどくつまらない世界なのではないかと思った。「違い」があるからこそ世界は豊かになるのではないかと私は考えている。多様性を認めつつ、対立や矛盾を緩和するためにはどうすればいいのか、この授業を通じて考えていきたいと思った。

 

◇第一回目の講義をうけ、かつ他の受講者の意見を聴いて、この一連の講義では「寛容さ」というのがひとつの課題になるかと感じた。この「共生」という身近なテーマは、身近な人間関係から、周辺社会、多民族、国家、人種、果ては宇宙人という未知なる存在、そして過去や未来という時空を超えた存在に至るまで、まさに果てなきものを対象とするかのようだ。本日の講義で最も興味深く、それに吉澤先生がもっとも言いたかったことであろう「『共生の夢』への警戒を怠ってはいけない」というメッセージには、理想を追う者は得てして、高邁なその名の通り理想主義に走るあまり、独りよがりの、自己中心的な発想に陥りやすいというひとつの人間観が表れていた。

 

◇「身体や顔の差異をなくせば差別はなくなる」という前提があまりしっくりくるものではなく、理解を深めていくのにかなりの時間を要したのですが、「ある一定の年齢になったお年寄りは、特定の施設に収容され世話される」など、一見突拍子も無いようでいて、現代の介護問題を解決するヒントともなるような提案もあり、とても興味深い思想に触れることができたと思います。人間は画一的に扱われることに抵抗を覚える性質があるように感じるのですが、そういった問題に配慮しつつ考えを進めていけば、現実性を持った提案になりうるのではないかと思います。演習も、TAさんの力を借りながらみんなでじっくりと話し合い、議論を深めていくという新鮮な経験ができてとても楽しかったです。